連載小説「鰹節」

「はらつづみ」

うーん、うーん
どうしたの、かえるくん?
おねえちゃん、おなかいたいの
それはよくないわね。おちゅうしゃ、うとうか?
いたいのきらーい
それじゃあ、おくすりあげましょうか?
にがいのやだ〜
まあ、どうしましょう…
うーん、うーん


せんせい、かえるくんはどうしたらよいでしょうか?
そうだね。かえるくんには僕からあまーいお薬を出しておくよ。お姉ちゃんは偉いね。
そんな〜、せんせいありがとうございます


こうして、お医者さんのおかげでかえるくんのお腹は治りました。めでたしめでたし



……なんなんだこの話は?
ぼくは何とも言えない虚脱感に囚われた。
そして、最近の子ども向けの話が何の教訓も含んでいないことに少し憤りも感じた。


それから少し、見直したりもした。なんていうか、勇気のある出版社だ。
こんな話で客はこの本を買ったりするのだろうか?




ところが、ぼくの予想に反してこの本の反響は大きかった。
まず、PTAの推薦図書になった。そして、子どもたちは必死にこれを読み、
一大ブームを巻き起こした。映画にもなった。いつもは辛口の評論家もこぞって推した。
ブームは長く続いた。


ぼくが世間からずれているのか、世間がぼくからずれているのかなんていうけど、
結局、ぼくは周りからはずれているのだ。
しかし、何度読んでもこの本が売れる要素は無いように思う。
しかし、現実には売れている。なぜだ?


こんな話ならぼくにも書けそうだ。
そうだな…


たぬきさんとうさぎくんがいました。
二匹はいつも仲良しで、喧嘩なんかすることはありませんでした。
ところが、ある日、たぬきさんの腹鼓が何者かに盗まれました。
たぬきさんは真っ先にうさぎくんを疑いました。


うさぎくん、わたしの腹鼓盗ったでしょ?
たぬきさん、そんなことをぼくがするはずないじゃないか。どこかに忘れてきたんじゃないのかい?
そんなはずはないわ。なんならあなたのお腹をたたいてみましょうか?
いいですとも。たたいてみなさい


たぬきさんがうさぎくんのお腹をたたくと、とても美しい腹鼓の音がしました。


そら、言わんこっちゃない。わたしに返してくださいな
いやです。ぼくはこれを返すつもりはありません
なにー!
このー!


それから喧嘩は30年続きました。
しかし、喧嘩の最後はあっさりとしたものでした。
うさぎくんが死んだのです。
たぬきさんはうさぎくんが死んで、最初は喜びました。やった!腹鼓が返ってくる。


しかし、次第に悲しい気持ちになりました。うさぎくんしか友達のいないたぬきさんは、うさぎくんが死んだことにより独りになってしまったのです。
しかも、喧嘩したままの別れなんて…


たぬきさんは後悔しました。腹鼓くらいあげても良かった。目先のことで頭が一杯になり、わたしは一番大事なものを失ったのだと…


たぬきさんはそれからも30年生きました。
しかし、最期まで楽しい気持ちにはなれませんでした。


たぬきさんは死んだ日の晩、うさぎくんの隣に埋められました。
たぬきさんの身近な者たちが、せめてうさぎくんと天国で仲直りできたらと願ったのです。


うさぎくんのお墓を掘り起こしてみたとき、ひとりが気が付きました。
うさぎくんの目に涙の跡があったのです。
腹鼓はぴかぴかのままでした。生前うさぎくんが大事にしていたからなのでしょう。
そして、そこになにやら書置きのようなメモがあります。


「たぬきさんですか?これを読んでいると言うことは ぼくはもうこの世にいないのだと思います。
 たぬきさんには今までたくさん迷惑を掛けて参りました。今だから言えますが、腹鼓は盗んだわ
 けではないのです。たぬきさんの誕生日にきれいにして渡したかったのです。しかし、たぬきさ
 んから盗んだろうと言われたときに、頭にきて、冷静になれず、喧嘩になってしまいました。本
 当にごめんなさい。今でもきれいに磨いています。一度腹を割って(腹もないのに失礼しました
 (笑))話ができたらよかったですね。それでは。               うさぎ          」


みんな、二匹の不幸を嘆きました。たぬきさんはうさぎさんの死に立ち会っていませんでした。
腹鼓も取り返そうという気が起きなかったので、お墓参りにも行きませんでした。
しかも、うさぎくんは天涯孤独でしたから世話をしてくれる人もいません。
そういうことから、この手紙の発見が遅れたのでしょう。


ふたりは天国で仲直りできたでしょうか?それは誰にも分かりません。
でも、
わたしは信じます。たぬきさんとうさぎくんが天国で幸せに暮らしていると…





売れなかった。何でだ?